V 字の脚にチークの枠、座面と背に編み込まれた籐。ピエール・ジャンヌレの椅子は、ヨーロッパのモダニズムとインドの手仕事が出会って生まれました。もとは役所や大学で使われた実用の家具が、いまでは世界中のコレクターに求められています。
ル・コルビュジエの、もうひとりの建築家
ピエール・ジャンヌレ(1896–1967)は、スイス・ジュネーブ生まれの建築家です。従兄弟のル・コルビュジエとパリで共同のアトリエを構え、1920 年代から 30 年代にかけて、近代建築を代表する住宅を数多く手がけました。
アトリエには若きシャルロット・ペリアンも加わり、3 人の名で発表した「シェーズ・ロング(LC4)」などのスチールパイプの家具は、今も名作として知られています。図面や現場をまとめる実務の中心にいたのが、ジャンヌレでした。
チャンディガール:何もない土地に、ひとつの都市を
1947 年のインド・パキスタン分離独立で州都を失ったパンジャーブ州は、新しい州都チャンディガールを一からつくることになりました。1951 年、都市計画を託されたル・コルビュジエとともに、ジャンヌレはインドに渡ります。
ル・コルビュジエが議事堂などの象徴的な建物を設計する一方、ジャンヌレは現地に住み込み、住宅や学校、大学の建物から街並みまで、都市の日常をかたちにしていきました。滞在は 15 年近くに及び、遺灰はその願いにより、チャンディガールのスクナ湖にまかれています。

チークと籐:その土地の材料と手で
新しい都市には、何千という机や椅子が必要でした。ジャンヌレは、インドで手に入りやすいチークやシッソー(インドローズウッド)の無垢材と、籐(ケーン)の編み込みを組み合わせ、地元の職人が手道具でつくれる家具を考えました。
金属を使わず、木の組み手と編み込みで成り立つ構造は、暑く湿った気候でも座面が蒸れにくく、修理もしやすいものでした。限られた材料と技術から生まれた合理的なかたちが、結果として唯一無二の美しさになったのです。

代表作:オフィスチェアとカンガルーチェア
もっともよく知られているのが、横から見ると V 字(コンパスのような形)の脚をもつ「オフィスチェア」です。庁舎や大学の事務室のために大量につくられ、ジャンヌレの家具の象徴になりました。
ほかにも、背もたれから後ろ脚へと流れるような姿の「カンガルーチェア」、ゆったりと座れる「イージーアームチェア」、図書館のための机や書棚など、用途ごとにさまざまな家具が生まれています。
打ち捨てられた家具から、世界の名作へ
時が経つと、古くなった家具の多くは役所の倉庫に積まれ、廃材として売られることもありました。2000 年代に入って欧米の画商やコレクターがその価値に気づき、オークションやギャラリーで高く評価されるようになります。
現在、オリジナルの家具は数が限られ、高値で取引されています。そのため、インドで新たにつくられた復刻品やリプロダクトも広く出回っています。購入するときは、オリジナルか復刻かの説明、材の種類、籐の張り替えの有無をショップに確かめておきましょう。